Vol.33 ゴヤール マール ド シャンパーニュ40°
ゴヤール社(フランス)
ワインを造ったあとのブドウが名酒に甦る
マールというお酒をご存知でしょうか?蒸留酒の一種で原料はワインを造ったあとのブドウ。マールは立派なブランデーの仲間です。それもフランスを代表するコニャックやアルマニャックにも匹敵する馥郁として風味豊かで貴重な名酒なのです。
醸造酒のワインに原産地呼称統制(AOC)があるように蒸留酒マールにもAOR (Appellation d’Origine Reglementee)という同様の厳格な規定による制度があります。マールの産地はワインの産地と重なっていることが多く、AORで保障されている14地域の呼称(アペラシオン)もワインでおなじみの地名ばかりです。中でもシャンパーニュ地方で作られるマール ド シャンパーニュは高級スパークリングワインを代表するシャンパンと密接に結びついており、マールの最高峰として広く世界に知られています。そのマール ド シャンパーニュの全生産量の85パーセントにも及ぶ圧倒的なシェアを誇るのが、シャンパーニュ地方の中心とも言えるアイ・ヴィラージュに拠点を置くジャン・ゴヤール社です。今回ご紹介するマールは、そのゴヤール社の製品の中でも、10年以上の樽熟成を経た最高級クラスの逸品です。ゴヤール社は今からほぼ100年前の1911年に設立されました。その誕生には、同じ年にシャンパーニュ地方で起こったある大きな事件が重要な役割を果たしています。
ゴヤール社誕生の陰にシャンパーニュ暴動あり
シャンパン産地として有名なシャンパーニュ地方のブドウ栽培は、1900年頃から壊滅的な状態に陥っていました。19世紀末からヨーロッパ中を席巻してワイン用ブドウの収穫に大打撃を与えてきた害虫フィロキセラ(ブドウネアブラムシ)の脅威に加え、かびやウドンコ病の被害、さらには雹(ひょう)や洪水といった天災がそれに追い討ちをかけたからです。
シャンパーニュ地域のブドウが凶作で大幅に不足していることを理由に、ワイン製造業者たちはシャンパーニュ地方以外のブドウ畑から原料のブドウを調達することをおおっぴらに始めました。実は凶作は単なる口実に過ぎず、外部のロワール渓谷やラングドック地方などから買い付けた方がブドウの価格がずっと安く済んだのです。ただでさえ凶作で収入が激減し困窮の度合いを深めていたシャンパーニュのブドウ農家は、この製造業者の行為を地元農家をないがしろにするものと憤り、政府に嘆願して善処を求めました。しかし、調停は不調に終わります。そしてついに1911年1月、ブドウ栽培農家の農民たちは暴徒と化してロワール渓谷からやってきたブドウを満載したトラックを襲い、マルヌ川に投げ込んだのでした。暴動は瞬く間にシャンパーニュ地方の中心地エペルネの町にも波及、ワイン製造業者から奪い去られたワインの瓶が次々と割られ、ワイン樽が打ち壊されて、膨大な量のワインが路上に流されていきます。マルヌ地方の役所からパリに向けて至急電報が打たれました。「当地はまさに内戦状態にある」と。
シャンパンのふるさとを襲ったこの大事件は、その陰で後世に大きな恩恵ももたらしてくれたのです。
ブルゴーニュの小さな村のブドウ農園の小作人の長男として生まれたジョセフ・ゴヤールは早くに父親を亡くしたため、若くして家長となり大勢の兄弟を養わなければなりませんでした。ワイン造りに精を出す一方、余ったワインから蒸留酒を造るためのポットスチル(蒸留器)を買い入れ、弟のジャンにその技術を教え込みました。そのころ、害虫フィロキセラが猛威を振るい、ブドウの木に大きな被害が続きました。それを見たジョセフは農家にブドウの苗を供給すべく、エペルネでブドウの育苗のビジネスを立ち上げ、大成功を収めます。暴動が起こったのはそんな時でした。せっかく造られたワインが無残にも大量に捨てられてしまうのは忍びない、そう考えたジョセフとジャンは、蒸留器を移動出来るよう工夫を凝らしました。荷台に蒸留器を積み、混乱の最中にある多くのシャンパーニュメゾンを巡り、ワインを蒸留して回ることに思い至ったのです。この発想と行動力こそが、今日世界的名酒となったゴヤール マール ド シャンパーニュの発展の礎となりました。
世界に冠たる名酒、ゴヤール マール ド シャンパーニュ
それからほぼ1世紀。ゴヤール社は独自の優れたノウハウを重ね、今日では140万リットルのタンクを保有し、1日あたり280トンのブドウを処理できる、シャンパーニュ地方を代表するメーカーへと発展を遂げました。ゴヤール社のマール ド シャンパーニュはブドウの産地にもこだわりました。AORの規定に従い、シャンパーニュ産の3種類の最高のブドウ、すなわちピノ・ノワール、ピノ・ムニエ、シャルドネのみを原料として選定し、約1ヶ月かけて醗酵・蒸留させた原酒をフランス産樫樽で長期熟成させて造られています。
マール ド シャンパーニュは味わいを楽しむための嗜好品として、主に食後酒として愛飲され、さらにフルーティーなブドウの香りと樽熟成による深い樫樽の香りを併せ持つ独特の風味は、愛飲家から寄せられるフランスNO.1の支持を不動のものとしています。また、もう一つの評価として、お菓子や料理の味を上品に引き立たせる役割で、フランスでも需要が高まってきています。特に、ボンボンショコラやアイスクリームにおける使用では、味に深みと奥行きを与え付加価値の高い製品ができると、高い評価を得ています。
今日、このように圧倒的支持で魅力を放つゴヤール社のマール ド シャンパーニュ。それも、シャンパーニュ暴動と呼ばれたあの大事件が起こらなければ、わたしたちがその芳醇な風味に出会うこともなかったかもしれません。そう考えると、あらためて凄惨な歴史から生まれ育った名酒に感謝したくなります。この名酒を誇りと共に日本にご紹介できることは、限りない光栄です。