Vol.16 ディロン トレ ヴュー ラム
バーディネー社(フランス)
美しい未亡人の伯爵夫人とフランスの名家との出会い
バーディネー社のディロン蒸留所があるのは、カリブ海に浮かぶマルティニーク島です。カリブ海といえば、名だたるラムの産地。なかでもディロンラムは300年にも及ぶ歴史を持つカリブの逸品として、世界中で愛されています。ここで、300年前に遡ってディロン家の物語をひも解いてみることにしましょう。
この物語には美しい女性が何人も登場します。そして、ナポレオン、その朋友であるベルトラン将軍も登場します。恋愛と戦いに彩られた歴史の表舞台に、常にディロンの名が登場するのです。
最初に登場するのは、マルティニーク島に住む美しい未亡人マリー・ロール伯爵夫人。彼女は広大なプランテーションと精糖工場を持つ一族の出身です。この伯爵夫人と恋に落ちたのが、アメリカ独立戦争に赴くためにフランスからマルティニーク島に向ったディロン連隊の隊長、アルテュール・ディロン伯爵でした。
将軍となった彼はマリー・ロールと結婚し、このときから伯爵夫人のプランテーションは“ディロン”と呼ばれるようになりました。
数々の運命に翻弄され蒸留所はバーディネー社に継承
しかし、結婚した2人には厳しい運命が待ち受けていました。フランス革命に巻き込まれたディロン将軍は、「王よ、永遠に」と叫びながらギロチンの露となってしまったのです。マルティニーク島でプランテーションを管理していたディロン伯爵夫人は、子供たちとともにイングランドへ逃れ、時勢が落ち着いたところでフランスに渡り、夫人の若い頃の恋敵であった従姉妹のジョゼフィーヌと再会します。このとき、ジョゼフィーヌはナポレオンと婚約していました。
ナポレオンはディロン伯爵夫人の娘であるファニー・ディロンに淡い思いを寄せていたと思われますが、結局ファニーはナポレオンの片腕ベルトラン将軍と結婚します。ベルトラン将軍は後にナポレオンの遺骨をセントヘレナ島から持ち帰った人物です。
このあと、マルティニーク島のディロン・プランテーションは破産してしまうのですが、伝統は見事に継承され、さまざまな変遷を経て、1967年、フランスのボルドーで数百年の歴史を持つバーディネー社によって高貴な歴史を語るディロン蒸留所は甦ることになります。
フランスの伝統と気品<アグリコール ラム>ディロン
マルティニーク島は、1946年からフランスの海外県となっています。カレームと呼ばれる3月から6月までの熱い乾季、リヴェルナージュと呼ばれる6月から11月までの雨季に分かれ、その気候の変化をもたらすのがアリゼという季節風です。11月から12月にかけて、島のあちこちでサトウキビの花が咲き競い、美しい風景となります。
サトウキビはキリストが生誕する100年も前から主に南アジアに生息する野生の草として知られていました。結晶した砂糖はサンスクリット語でサルカラと呼ばれ、今日のインドヨーロッパ語のシュガーの語源となっています。
ディロン蒸留所では、完全に完熟したサトウキビの茎を製糖工場で粉砕、水を注ぎながら圧搾機にかけて糖液が搾りだされます。精製の際にできる副産物のモラセスではなく、この糖液を使用したラムは、特別にアグリコール ラムと呼ばれます。糖液は二度にわたってフィルターに通され、大樽に満たされた後に酵母が添加されます。24~48時間の間、酵母の働きで二酸化炭素が泡となって立ち昇り、この段階で製品の特長の決め手ともいえるアルコール分と香り成分の要素が醸しだされるのです。
この間、発酵に伴って発生する熱を除き温度を一定にするため、大樽を水で冷やすことが必要です。やがて泡立っていた表面が落ち着いてきます。これが発酵終了のサインです。このときのアルコール度数は、蒸留されるのに適した4~5%になっています。
次の段階はいよいよ蒸留です。蒸留機はラム製造者のプライドともいえるもので、それぞれユニークな特長を持っており、これによってラムに独特の風味と香りが与えられます。ひとくちにラムといっても蒸留所によって特長が微妙にことなるのは、ひとえに蒸留機の個性を大事にしているからです。
蒸留機の中でサトウキビ ワインはアルコール度数70度の未精製ラム(ラム ド クラージュ)となり、ステンレス製の大樽に移され、最低3ヶ月休ませます。その後、樽熟成を経ずに蒸留水か湧き水を加えてアルコール度数を調整し、瓶詰めされたものがディロン ラム(ホワイト)です。
オーク樽での長い熟成を経て最高級ラムが誕生する
一般にラムというと琥珀色の美しい色が思い浮かびますが、こうした色調のラムは蒸留後に長い熟成を経て誕生します。ディロンラム<V.S.O.P.>の場合、熟成の器となるのはオーク材で作られた木樽です。このオーク樽はウィスキーの熟成に用いられるものと同一です。
オーク樽で熟成される長い年月の間に、ラムは樽の色調と成分を吸収し、美しい琥珀色に色づきながら独特の芳香を育み、コニャックを超えたラムと評されるまでにゆっくりと変貌を遂げていきます。マルティニークA.O.C.(原産地呼称統制法)に認定されるためには、この熟成期間を最低12ヶ月間必要とします。呼称にダークまたは熟成ラムとつけることが許されているのは、最低3年間熟成されたラムのみです。トレヴュー(ベリーオールド)、ヴィンテージ、V.S.O.P.、X.O、年数などが記されているものは、さらに長い熟成期間を要しているものです。
ディロン ラムのように、ラベルにA.O.C.であるマルティニークと記されているラムは、高い技術を持つ職人によって造られていることを証明するものです。マルティニークA.O.C.ラベルのラムが厳しい管理のもとに製造され、厳格な品質テストに合格したものであることは言うまでもありません。
バーディネー社のディロン蒸留所で作られたディロン トレ ヴュー ラム<V.S.O.P.>の更なる誇りは、フランス政府からマルティニークA.O.C.に認定された最初のラムの一つであることです。フランス国内の多くの高級レストランで食後酒として愛飲されており、品格のあるしっかりした風味を特長としています。
300年以上の歴史を持つマルティニーク島のディロン蒸留所、そしてボルドーで長い歴史を有するバーディネー社の技術が出会うことで初めて作り上げることができたラムの逸品。ディロンラムは世界中のラム愛飲家はもちろんのこと、バーテンダー、一流パティシエに愛されています。フランスの優れた蒸留職人の技を称えそれを育てたフランスのラム文化を喜び、高貴なディロン ラムを愛飲する「ディロン クラブ」は今もフランスで健在です。